名古屋歴史

名古屋に存在する寺院や神社の由緒や、そこで行われる祭りについて紹介します。

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朝日神社

前回、若宮八幡社の現地取材に行ってきましたが、実はその際に広小路まつりの項で紹介した朝日神社にも立ち寄ってきました。地図で調べてみると、若宮八幡社への道のりの途中にあるということで、これは行くしかないと。

まずはいつもの如く鳥居の写真からなのですが、いきなり想定外の事態に。歩道と鳥居が近すぎてファインダーに収まらない。道路から撮影しようにも、中央分離帯があるような大通りで車の通りが激しくて危ない、しかも神社の隣は交番なのでムチャをすると捕まりかねない・・・。というわけで、やむなく反対側の歩道からの撮影となりました。何とか車が通っていない一瞬を狙って撮ったのですが、やはり分かりにくい・・・

朝日神社鳥居

鳥居をくぐってさぁ手水社はどこだろうと見回してみると、手水社以上にインパクトのあるものが飛び込んできます。

朝日神社おみくじ


木の下にあるおみくじの自販機(木製。手作り?)

これって、お金入れたら本当におみくじが出てくるのでしょうか・・・?って、多分でてくるのでしょうけど、試す勇気はありませんでした。おみくじの自販機って初めてだわ・・・

この自販機もそうですが、他にも鳥居をくぐってすぐのところに占いのテントがあったり、なんかちょっと他の神社とは違うテイストがします。


で、気を取り直して手水社ですが・・・

朝日神社手水社

龍の蛇口が亀甲網に囲われている!何故・・・?この龍がものすごい力を持っていて、危ないからその力を封じ込めているとかでしょうか?うーん謎。


拝殿は石段を上がったところにあります。

朝日神社拝殿


石段を上がってお参りをすると、神社に来た!って感じがするのは私だけでしょうか?そういえば、意外にもこれまで取材をしてきた神社で拝殿の前に石段がある神社は無かったですね。そういう意味では私の中ではこの神社はポイント高いです!


お参りも終わり境内を見渡してみると、小さな社が見られます。

朝日神社摂末社

どうやら摂末社のようです。若宮八幡社のようにそれぞれに鳥居があるわけではなく、こじんまりとしています。神社もTPOに合わせて、といった感じですね。でもご利益のありがたさはどんな佇まいでも変わらないはず。

左から公孫樹龍神社、秋葉社・金刀比羅社、天神社・塩釜社、戸隠社・春日社、八幡社、となっています。特に秋葉社は、広小路通りが現在の形になるきっかけとなった万治の大火を機に、遠州の秋葉を請願し城下の火除の神としたもので(秋葉社に祀られる秋葉権現は火難除けの神とされている)、関係の深いものであると考えられます。


また、ここにも稲荷社がありました。

朝日神社稲荷

そして、鳥居の奥にはお社が何故か2つ・・・?

稲荷、子守児宮

どうやら、左側は朝日稲荷社のお社で、右側は子守社・児宮社という神社のお社のようです。この神社は江戸時代に城下で伝染病が流行り、多くの子どもが犠牲になったため子どもの守護神として勧請されたそうです。

他の摂末社のお社とは別な場所に設置されているあたり、この神社の重要性が窺われますが、何故に稲荷社と隣り合わせなのでしょうか?お稲荷様と関係がある神様なのでしょうか。


他には、みこしを保管する倉庫がありました。しかもガラスがはめ込まれた扉なので、中のみこしを見ることができます。若宮八幡社では倉庫の中の山車を見ることはできなかったので、ちょっと得した気分です。

そんな思いでみこしを見ていると、倉庫の隣のしめ縄が巻かれた木に手を合わせ体や足を摩っているご夫人を発見。

朝日神社木

何か身体に良い影響を及ぼす力を持った木なのでしょうか。聞いてみようと思ったのですが、あまりに一生懸命だったのでちょっと話しかけられずでした。残念。

そういえば忘れてました。恒例の360度写真です。

朝日神社360度


そんなこんなで朝日神社の取材も終了ですが、他の神社では味わえない、謎がいっぱいの神社でした。朝日神社侮り難し、です。
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名古屋の夏祭りといえば・・・

前回の更新で、次回は若宮八幡社の現地取材と予告していましたが・・・なかなかスケジュールが合わず、都合の良い日に限って天気が悪かったりで、まだ行けてません。今日も雨・・・。なので、若宮八幡社はちょっと先送りにして、今回は広小路夏まつりについて書いてみたいと思います。

これまで4つの祭りを取り上げてきましたが、すべて祭りの名称にはそれぞれの神社の名称が使われていました。しかし、広小路夏まつりは神社の名称ではなく、地名というか道路の名称(広小路通)です。あー神社とは関係のない祭りだから、趣旨からはずれてしまうかなーと思って調べてみると、元々は朝日神社という神社の例祭に由来した祭りでした!これなら安心して紹介できます。


朝日神社
朝日神社は、伊勢の神宮の神領地(御園)であった清洲城下、朝日郷に鎮座されていたが、慶長16年の夏、名古屋城の築城に伴い、特に領主の請願により、数あるお社の中から朝日神社を城下町碁盤割り守護神として氏子共々本丸の真南の現在地に移築、遷座された。城下町碁盤割りの唯一の神社として、清洲越しの士民の崇敬をあつめた(古渡稲荷、日出神社の2社も清洲越しにより名古屋に遷座した)。現在でも名古屋では、清洲越しを経験した旧家であることが伝統と格式を示すものとされることがある。
また、神社の名称は、古くは単に神明社、広小路の神明宮、広小路の朝日神明宮と称していた。その後、清洲越しを後世に伝えるために「朝日神社」と改称された。この名称は、豊臣秀吉の妹君であり徳川家康の正室である「朝日姫」の名前も関係している。

ここでも出ました徳川の名。神社に自分の妻の名をあてるとは、家康って結構ロマンチスト?


さて、そんな朝日神社の例祭として行われていた広小路夏まつりですが、現在のような広小路通全体の行事となったのは昭和4年からです。それより以前はというと・・・それを記した資料が見つかりません。現地取材に行けば、何か手がかりがつかめるかもしれません。


広小路夏まつり
開催日:8月の第3土曜日、日曜日

名古屋の風物詩とも言われる祭りで、毎年約450万人の人出で賑わう。17時から21時まで広小路通りが歩行者天国になり、音楽隊・山車・昇竜みこしのパレードのほか、三越号・丸栄号など、百貨店もパレードに参加する。また、阿波踊りや沖縄エイサーなど、様々な踊りが披露される。
平成16年より、地球温暖化や、ヒートアイランド現象への市民の意識を高めるため「名古屋打ち水大作戦」と称した行事が行われている。


打ち水大作戦は、テレビのニュースで取り上げられることもあるので、知っている人も多いのではないでしょうか。私は今回このブログを始めるまで、打ち水大作戦が広小路夏まつりのイベントの一つだとは知りませんでしたが・・・

ところで、現在広小路通と呼ばれている道路は、当初は堀切筋と呼ばれ、東西で久屋町-長者町間しかありませんでした。その後、万治3年の大火により碁盤割りのほとんどが焼失し、また一部の武家屋敷にも類焼したため、防火帯として道幅が3間(約5.5m)から15間(約27.27m)に拡張されました。これが今の広小路通りです。

広小路(ひろこうじ)とは元々は地名ではなく、江戸時代以後に設置された幅の広い街路の名称です。上記のように防火帯としての機能を持った街路が各地に広がり、そのような趣旨をもった通りを「広小路」と称するようになりました。だから、名古屋以外にも「広小路」と称される通りや地名が存在しています。


広小路夏まつりについてはこんなところです。これまで紹介した祭りに比べると、ちょっと神社との関わりが薄いような感じがしますが、実際のところはどうなんでしょう?これはやっぱり神社の現地取材&実際の祭りを体験してみなければいけませんね!
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