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名古屋歴史

名古屋に存在する寺院や神社の由緒や、そこで行われる祭りについて紹介します。

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名古屋東照宮

その道を進んで行くと・・・また神社。???どういうことだ?那古野神社の敷地内にはまだ神社があるのか?と思って、回りをよくよく見てみると、なんとここが名古屋東照宮でした。那古野神社側から見えた鳥居は、名古屋東照宮の鳥居だったのです。

那古野神社と名古屋東照宮が隣りあっているということは事前の調査で知っていましたが、これは隣りあっているというよりも、繋がっていると言った方が・・・ってな感じです。

道360度

少し分かりにくいかもしれませんが、この画像を見ると那古野神社の鳥居と名古屋東照宮の鳥居が一直線上にあることが見て取れます。ちなみにこの画像、那古野神社の現場取材の時の最後の画像に写っていた、敷地を隔てていると思われる鉄柱を中心に撮影しています。こういう時に360度カメラの本領が発揮されるのか?

とりあえず、改めて鳥居をくぐり名古屋東照宮へと足を踏み入れる。

東照宮鳥居

こちらも入ってスグのところに手水社があります。
那古野神社のような龍の蛇口はありませんでしたが、柄杓に大きく「水」と書いてあります。水以外のものをすくってはいけない、という意味でしょうか?

東照宮手水社


手水社で手と口を清めて、境内へと進みます。那古野神社に比べるとさっぱりした感じです。拝殿以外特に何もないせいでしょうか?しかし、その分唐門や拝殿はりっぱな造りに感じられます。那古野神社との違いは、やはり拝殿の前に唐門があるということです。

東照宮 門

東照宮 拝殿

そしてここでも家紋が目に留まります。徳川家に縁のある神社なので、当然葵紋です。他の家紋は知らなくとも葵紋だけは知っている、という人も多いのではないでしょうか?水戸黄門の影響ですね。

東照宮葵紋

葵紋は徳川家の紋として知られるていますが、もとは京都にある「加茂神社」の神紋です。加茂神社の葵祭に公家たちが葵の若葉を鬘にしたことから加茂神社の社紋となり、そこに奉仕する家の紋となった。徳川家はその祖先が三河の加茂郡松平の地にあって、加茂朝臣松平太郎左衛門と号したことによって、家紋を葵紋としたそうです。

しかし、時代を超えて織田家縁の神社と、徳川家縁の神社が隣りあっているというのは感慨深いものがあります。


ところで、名古屋東照宮にもありました、神社in神社。

福神社

福神社という神社です。どんな由緒のものなのかはちょっと分かりませんでしたが、その名の通り福を招き入れてくれるのでしょうか?奥のお社にある鏡がなんとも神秘的です。

さて、これで名古屋東照宮も一通り見終わりましたが、さすがにここでは面白いものは見つけられないなーと思いながらも色々観察してみると、こんなものを見つけました。特に面白いってわけでもありませんが。

東照宮キノコ

大量の菌糸に覆われたキノコです。キノコってこんな寒くて乾燥した時期に発生するものなのでしょうか?


今回、那古野神社と名古屋東照宮を取材しましたが、割と街中にあるにもかかわらず静かで良い雰囲気の神社でした。夏休みの早朝なんかに来たら、セミが鳴いてたりしてそうな雰囲気です。そして、今回の取材で小学校の時の遠足を思い出しました。何故か小学校一年生の時の遠足の行き先が神社だったのですが、境内でドッジボールや大縄跳びをした記憶が・・・今考えると、なんともバチ当たりです。二年生のときの遠足は古墳だったし・・・変な学校でした。

次回は残る一つの若宮八幡社の取材に行きたいと思います。更にその次は・・・どーしよ?
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