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名古屋歴史

名古屋に存在する寺院や神社の由緒や、そこで行われる祭りについて紹介します。

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もう一つの・・・

前回、大須夏まつりについて紹介しましたが、大須商店街ではもう一つ大きな祭りが行われています。「大須大道町人祭」です。

夏まつりは、なんとなく盆踊りだったり、金魚すくいやワタアメの屋台があったり、といったイメージが浮かびますが(大須夏まつりは違いますが)、この祭り、名前を聞いた第一印象は「怪しいにおいがする・・・」。地元芸人か何かの集まり?って感じです。

この祭りでも宝生院、萬松寺が会場として使用される他、大光院、浅間神社といった、大須にある寺院、神社が会場となります。


大光院
慶長初年、清洲に建立、同15年名古屋城築城の際に大須に移転する。大須の赤門通りは、大光院の朱塗りの山門からその名が付けられた。享保の火災、戦災により当時の山門は失われ、現在のものは昭和41年に建立されたものである。
境内の明王殿に祀られている烏瑟沙摩明王は、世の中一切のけがれや悪を清める力を持つと言われる。
線香の煙を手に受けて身体にさすると、心身の病、苦痛を快癒すると伝えられている。
下半身の病にご利益があるとされ、特に女性の病気を治すと言われることから「女の仏様」とも言われる。遊郭があった当時は、そこに働く女性達の厚い信仰を受けた。


浅間神社
明応4年(1495年)後土御門天皇の命により、富士山本宮浅間神社から分霊を勧請し創建された。現在の社殿は、初代尾張藩主、徳川義直の内室、高原院によって建てられた。
もともとは、尾張三名水として名高い柳下水を有する清寿院の鎮守として建てられたが、明治の廃仏棄却により、清寿院は廃寺となり、富士浅間神社のみが残った。


宝生院、萬松寺については前回の記事を参照してください。


この祭り、実際のところはパフォーマンスや日本古来の大道芸、ストリートミュージック、民俗芸能が繰り広げられる祭りのようです。


大須大道町人祭
開催日:10月上旬~中旬の土曜、日曜

官製のまつり「名古屋まつり」に対抗しようと、昭和53年(1978)に始まった庶民の祭りである。戦後衰退しつつあった大須を、ふたたび生活の場、人と人の出会いの場として取り戻そうと、亡びつつある大道芸を呼び集め天下の大道を舞台として「街は人にとって生活ドラマの舞台である」との認識で開催された。
パフォーマンスや演奏以外にも、「おいらん道中行列」、「子供英傑行列」など名古屋まつりの「三英傑行列」に対抗する行列を手作りによって作り上げていった。


「大須大道町人祭」で検索してみると結構な数のサイトがヒットし、そこで行われているパフォーマンスの画像や動画を見ることができます。そういったものを見ると実物を見てみたくなります。8月に大須夏まつり、10月に大須大道町人祭となかなかハードですが、それだけ大須は元気だという証拠かもしれません。そして、毎年名古屋まつりと同じ日に開催するあたり「大須の町人根性みせたるわい!」ってな感じでしょうか。こうして調べてみると、大須って実はすごいかもしれない・・・。
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